【宇治茶のかほる園】 宇治茶の歴史 【宇治茶のかほる園】 宇治茶の歴史
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宇治茶の歴史

760年
中国唐時代
陸羽が世界で最古のお茶について説明する本「茶経」を書く。お茶はすでにこの頃には、中国の人々の生活のなかで飲み物として飲まれるようになっていた。
805年
平安時代
僧の最澄、空海が中国(唐)から茶種を持ち帰り、比叡山のふもとに植える。
1191年
鎌倉時代
僧の栄西が中国(宋)から帰り、日本にお茶を飲む習慣を広める。明恵が栄西から分けられた茶種を京都の洛西・栂尾(高山寺)、宇治などに植え始める。
(宇治の茶栽培始まり)
1211年
鎌倉時代
栄西が茶について説明する本「喫茶養生記」を書く。これが日本で一番古い科学書と言われている。
室町時代 足利幕府の奨励を受けて宇治に茶園が開かれ、宇治茶のすばらしさが日本に広まる。
江戸時代初期 「宇治茶」の名前が登場。
1738年
(江戸時代)
宇治田原湯屋谷の永谷宋円が、煎茶の作り方(宇治製法)を生み出す。
江戸時代後期 玉露の作り方が生み出される。


※茶経  陸羽が茶について書いた本。唐で流行っていた固形のお茶の作り方や、飲み方 などに付いて書かれています
※喫茶養生記 栄西がお茶に付いて記した本。てん茶の作り方や、からだを健康にするお茶の働き方などに付いて書かれています。
※永谷宋円 江戸時代中期に山城国の田原村湯屋谷で、お茶の製造業をしていました。
※宇治製法
(青製煎茶法)
蒸したお茶の芽を、焙炉で乾燥させながら手でもむお茶の作り方で、永谷宋円が考えました。
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